昭和8年の「祭典の思ひ出」第1話

仲町の「いせに」を経営している森様から祭典の山あげ祭りの古い写真や、資料をいただきました。
今回は数回にわけて、山あげ祭りの「祭典の思ひ出」(昭和8年)という資料をご紹介します。
 

昭和8年 山あげ祭 仲町


山あげ祭りの常磐津所作の踊りは現在では山あげ保存会芸能部が行っておりますが、
以前は外部から招へいしておりました。
推測ですが、現在のようにテレビなどのエンターテインメントデバイスが発展していなかった時代、
演芸(原文ママ)というエンターテインメントチャンネルを提供する一座を探すことも、
当番町、若衆のみなさんの楽しみの一つではなかったのかと思います。
この年は、関係各所に32通の紹介依頼を往復はがきで送ったところ、
関東方面に限っても
・大塚 美家古倶楽部
・大塚仲町 杵屋事落合正雄
・高田老松町 瀬尾兼吉
・下谷竹町 西川扇吉郎
・浅草猿若町 カブキヤ
・浅草花川戸 泉虎之助
・東両国 岸澤式多女
・中仙道大宮 大石蓮次
「など数指に余るの申込みをうけてそれぞれ交渉は繰り返されたが、結局当方の予算たる500円に該当するものは
浅草のカブキヤのみとなったので之と契約した。」
と記載されています。
参考までに昭和7年の物価で換算すると当時の1年は現在の2~3000円となります。
したがって、この年の山あげ祭りの踊りは100万円から150万円という買い物をしたことになります。
主な芸題は「紅葉狩」、いまでは山あげ祭り上演されなくなってしまっていますが、復活を期待したいところです。

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