総合年表

那須烏山と山あげ祭りのホームページ – 総合年表

山あげ祭り年表

那須烏山と山あげ祭りのホームページ – 総合年表

 

 

 

 

 

 西 暦   和 暦 当番町  主な芸題・記録
2016年 平成28年 金井町 将門 
2015年 平成27年 元田町 将門
2014年 平成26年 日野町 将門 
2013年 平成25年 鍛冶町 「戻橋」 
2012年 平成24年 泉町 「将門」 
2011年 平成23年 仲町 「将門」 
2010年 平成22年 金井町 「将門」 
2009年 平成21年 元田町 「将門」 
2008年 平成20年 日野町 「将門」 
2007年 平成19年 鍛冶町 「戻橋」 
2006年 平成18年 泉町 「将門」 那須烏山市発足記念全町屋台パレード
2005年 平成17年 仲町 「戻橋」 全会場に桟敷席が設置される
2004年 平成16年 金井町 「将門」
2003年 平成15年 元田町 「将門」
2002年 平成14年 日野町 「将門」
2001年 平成13年 鍛冶町 「戻橋」 
2000年 平成12年 泉町 「将門」 2000年ミレニアム記念全町屋台パレード
1999年 平成11年 仲町 「戻橋」 
1998年 平成10年 金井町 「将門」 元田町御拝修復完了
1997年 平成9年 元田町 「将門」 祭礼期日七月第四土曜日を含む三日間に変更
1996年 平成8年 日野町 「将門」 群馬県高崎市市制百周年記念公演参加
1995年 平成7年 鍛冶町 「戻橋」 鍛冶町御拝修復完了 国民文化祭参加
1994年 平成6年 泉町 「将門」
1993年 平成5年 仲町 「戻橋」 仲町御拝修復完了
1992年 平成4年 金井町 「将門」
1991年 平成3年 元田町 「将門」
1990年 平成2年 日野町 「将門」
1989年 平成元年 鍛冶町 「戻橋」 
1988年 昭和63年 泉町 「将門」
1987年 昭和62年 仲町 「戻橋」 道路上での世話人挨拶が始まる 鍛冶町旗幟複製完成
1986年 昭和61年 金井町 「将門」
1985年 昭和60年 元田町 「将門」
1984年 昭和59年 日野町 「将門」
1983年 昭和58年 鍛冶町 「将門」
1982年 昭和57年 泉町 「将門」
1981年 昭和56年 仲町 「将門」
1980年 昭和55年 金井町 「将門」
1979年 昭和54年 元田町 「将門」 「国の重要無形民俗文化財」に指定される
1978年 昭和53年 日野町 「将門」
1977年 昭和52年 鍛冶町 「将門」
1976年 昭和51年 泉町 「将門」
1975年 昭和50年 仲町 「戻橋」
1974年 昭和49年 金井町  
1973年 昭和48年 元田町 「戻橋」
1972年 昭和47年 日野町 「将門」
1971年 昭和46年 鍛冶町 「将門」
1970年 昭和45年 泉町 「将門」
1969年 昭和44年 仲町 「戻橋」
1968年 昭和43年 金井町  
1967年 昭和42年 元田町  
1966年 昭和41年 日野町 「将門」 付祭仲町 祭礼期日8月20、21、22日に変更
1965年 昭和40年 鍛冶町 「戻橋」
1964年 昭和39年 泉町 「将門」
1963年 昭和38年 仲町 「将門」 「国の重要民俗資料」に選択される 「山あげ祭」に改称 神輿、町廻りせず還御する
1962年 昭和37年 金井町 「戻橋」 
1961年 昭和36年 元田町 「将門」 旧烏山町役場新庁舎落成記念屋台パレード
1960年 昭和35年 日野町 「忠信」 八雲神社鎮座四百年総祭(付祭全町)
1959年 昭和34年 鍛冶町 「将門」 「栃木県重要文化財」に指定される
1958年 昭和33年 泉町 「戻橋」  神輿飾綱新調 付祭金井町(剣舞と新舞踊)仲町「戻橋
1957年 昭和32年 仲町 「将門」
1956年 昭和31年 金井町 「宗清」
1955年 昭和30年 元田町 「大瀧夜叉」(※「将門」の異聞) 泉町御拝塗上完了 
1954年 昭和29年 日野町 「忠信」 (清元「幾菊蝶初音道行」を常磐津に改編したもの) 付祭仲町「将門」
1953年 昭和28年 鍛冶町 「戻橋」付祭仲町「将門」
1952年 昭和27年 泉町 「将門」 八雲神社宗教法人となる 付祭仲町「戻駕」 神輿修理
1951年 昭和26年 仲町 「紅葉狩」 町から補助金が出るようになる
1950年 昭和25年 金井町 「宗清」 泉町旗幟新
1949年 昭和24年 元田町 「靭猿」(常磐津「花舞台霞猿曳」
1948年 昭和23年 日野町 「宗清」(常磐津「恩愛値瞶関守」
1947年 昭和22年 鍛冶町 「将門」 八雲講社結成 天王建は自町で行う(舞台のみ) 奉告祭が始まる
1946年 昭和21年 泉町 御仮殿を泉町に建て異変が起こる
1945年 昭和20年 仲町 7月21日社前祭のみ挙行
1944年 昭和19年 金井町 渡御のみ奉仕(当番町)
1943年 昭和18年 元田町 渡御のみ奉仕(当番町)
1942年 昭和17年 日野町 必勝を祈願して各町屋台のみ繰り出す(元田町は受当番のため不参加)
1941年 昭和16年 鍛冶町 戦争で祭礼中止 代わりに3円奉納(当番町)
1940年 昭和15年 泉町 戦争で祭礼中止 代わりに大太鼓を奉納(当番町)
1939年 昭和14年 仲町 戦争で祭礼中止 代わりに参道を舗装する(当番町)
1938年 昭和13年 金井町  
1937年 昭和12年 元田町 神輿舎兼祭具格納庫建設
1936年 昭和11年 日野町  
1935年 昭和10年 鍛冶町 付祭仲町「関の扉」日野町「将門」金井町「釣狐」
1934年 昭和9年 泉町  
1933年 昭和8年 仲町 「紅葉狩」
1932年 昭和7年 金井町 日野町旗幟新調 福佐楼廃業届提出、旭遊郭消滅
1931年 昭和6年 元田町  
1930年 昭和5年 日野町 日野町屋台完成
1929年 昭和4年 鍛冶町 付祭仲町「千本桜」(おそらく「義経千本桜」)
1928年 昭和3年 泉町 付祭仲町「戻橋」…初めて祭礼のポスター、パンフレットを作成 屋敷町旗幟新調
1927年 昭和2年 仲町 「蜘蛛の糸」(常磐津「蜘蛛糸梓弦」)
1926年 昭和元年 金井町 「八犬伝」(おそらく常磐津「八犬士誉勇猛」)
1925年 大正14年 元田町 付祭鍛冶町 仲町御拝塗上完成
1924年 大正13年 日野町  
1923年 大正12年 鍛冶町 付祭仲町「将門」
1922年 大正11年 泉町 付祭金井町…常磐津興行(演目不詳)…踊りは福佐楼(烏山旭遊郭の店)連中
1921年 大正10年 仲町 「小倉山」 屋敷町で山あげ実施(返礼として屋敷町では武者行列を実施)
1920年 大正9年 金井町  
1919年 大正8年 元田町  
1918年 大正7年 日野町  
1917年 大正6年 鍛冶町  
1916年 大正5年 泉町 八雲神社指定村社となる
1915年 大正4年 仲町 「吉野山」大正天皇即位記念総祭 他「新田義貞」
1914年 大正3年 金井町  
1913年 大正2年 元田町  
1912年 大正元年 日野町 八雲神社村社となる 日野町祭礼初当番
1911年 明治44年 鍛冶町  
1910年 明治43年 泉町 金井町御拝の人形縮小 この頃から手踊りを専門家に依頼するようになる
1909年 明治42年 仲町 「名和長年」
1908年 明治41年 金井町 泉町御拝彫刻完成
1907年 明治40年 元田町 鍛冶町屋台完成
1906年 明治39年 鍛冶町  
1905年 明治38年 泉町  
1904年 明治37年 仲町 仲町御拝彫刻完成
1903年 明治36年 金井町 「烏山祇園祭」と称す 祭礼期日7月20、21、22日
1902年 明治35年 元田町 鍛冶町より日野町が分離独立
1901年 明治34年 鍛冶町  
1897年 明治30年   八雲神社社殿新築
1895年 明治28年   仲町「足柄山」
1893年 明治26年   仲町「住吉」
1886年 明治19年   正遷宮(7月24日) 鍛冶町「那須与一」
1882年 明治15年   神輿新調
1870年 明治3年   牛頭天王社を八雲神社と改称 祭礼が三日間になる
1869年 明治2年   現境内に神輿舎完成(それまでは宮原八幡宮境内に安置)
1865年 慶應元年   疫病が流行し牛頭天王みこしが総町を渡御する
1856年 安政3年   鍛冶町で会所(18坪)が建造される(烏山で初)
1813年 文化10年   夏越の祭礼が復活する
1805年 文化2年   領内に疫病が流行し藩より病難除の祈祷の命が下る
1797年 寛政9年   年中定式帳が書かれ祭礼の形式が統一される
1796年 寛政8年 鍛冶町 「鎌倉山花粧」
1793年 寛政5年   初穂料が更に半減される↑祭礼費用捻出のため富くじを始める
1791年 寛政3年   祭礼の仕方等で諸事倹約すべく申渡がある
1786年 天明6年   幕府巡検使来村のため祭礼を繰り上げ挙行する(6月16、17日)
1785年 天明5年   城主からの初穂料が半減される
1784年 天明4年   領内に五穀豊穣、風水害除の祈祷をし、お礼が全戸に配布される
1783年 天明3年   米価が高騰し祭礼余興(角力)中止となる
1762年 宝暦12年 赤坂町 「会稽白旗寿柱礎」「頼朝清盛」
1761年 宝暦11年 金井町 九代将軍家重公薨去のため諸国祭礼停止令 10月渡祭礼(渡御)のみ奉仕
1759年 宝暦9年 元田町 「神変栄耀剣」「義経静人形」…この祭礼は命により人形で行う
1757年 宝暦7年 鍛冶町 「竜虎の武勇寿源氏」 この年より城主から金1分5匁を賜る
1755年 宝暦5年 中町 「和訓伝受女石公」…仕掛屋台復活
1753年 宝暦3年 赤坂町 「新道場寺二輌車」
1751年 宝暦元年 金井町 牛頭天王が正一位になる 「大平金峯山」
1749年 寛延2年 元田町 「川中島武田信玄」
1747年? 延享4年 鍛冶町 「富館三ツ之名香」 総彫刻屋台が完成する以後仕掛屋台中止
1745年 延享2年 中町 「頼政両面鑑」…所作屋台が座敷と替わる。屋台上は黒雲と替わる
1743年 寛保3年 赤坂町 「大佛供養女景清」…屋台が替わり大仏殿となる
1741年 寛保元年 金井町 「万戸将軍」…仕掛屋台廻し、座敷、又廻し唐舟となる
1739年 元文4年 元田町 「本田吉光」
1737年 元文2年 鍛冶町 「鎌足二度咲の藤」
1735年 享保20年 中町 「日本武尊」
1733年 享保18年 赤坂町 「橋姫紅梅鏡」
1731年 享保16年 金井町 「義経宝剣揚」…屋台は上下ともに龍宮仕掛
1729年 享保14年 元田町 「田原藤太秀郷」
1727年 享保12年 鍛冶町 「羅生門渡辺綱」…仕掛屋台が門に替わる
1725年 享保10年 中町 「神功皇后三韓責」…屋台崩しが始まる
1723年 享保8年 赤坂町 「吉備大臣遣唐使」…屋台は唐の城の三階魯二階門
1721年 享保6年 金井町 「藤壺の女御」「源頼光四天王」…鷲を屋台の山より舞台へ飛ばす
1719年 享保4年 元田町 「平惟持紅葉狩」…屋台は戸隠山、山崩しの仕掛
1717年 享保2年 鍛冶町 「舎那王丸」…屋台の上は鞍馬山、舎那王、唐獅子に乗せ山より下ろす
1715年 正徳5年 中町 「平親王将門」…大山仕掛で秀郷が百足退治をする
1713年 正徳3年 赤坂町 「悪七兵衛景清」
1711年 正徳元年 荒町 「龍宮枕伝受」…屋台前に龍宮、大波、橋、大蛇が出る 奴踊これ以降中止
1709年 宝永6年 元田町 「山姥艶白粉」(初めて女形登場)…屋台は総岩山
1707年 宝永4年 鍛冶町 「天武天皇大友大皇」…屋台は総山造 大切りは蔵王権現の神霊
1705年 宝永2年 中町 「菅丞相」…屋台の上の山は総黒雲、大切りは雷電 子供踊、奴踊
1703年 元禄16年 赤坂町 「源頼政」 子供踊、奴踊
1701年 元禄14年 荒町 「源頼光四天王」…仕掛屋台は総岩山 子供踊 脚立製作
1699年 元禄12年 元田町 「源牛若丸」「伊勢三郎義盛」「熊坂」 指南=江戸駒井小九郎 子供踊初 仕掛が加わる
1697年 元禄10年 鍛冶町 所作(二、三人)、奴踊
1695年 元禄8年 中町 所作(二、三人)、奴踊(2行30人余) 指南=坂東又太郎
1693年 元禄6年 赤坂町 所作「猿若狂言」(三、四人)、奴踊、二人せりふ
1691年 元禄4年 荒町 所作「猿若狂言」(三、四人)、奴踊、二人せりふ
1689年 元禄2年 元田町 所作「猿若狂言」(三、四人)、奴踊、二人せりふ
1687年 貞享4年 鍛冶町 天王祭礼
1685年 貞享2年 中町 所作(二、三人)、奴踊、日傘踊(2行30人余)、二人せりふ
1683年 天和3年 赤坂町 所作(二、三人)、鳥毛踊中、二人せりふ(出来がよく藩主よりお酒が下る)
1681年 天和元年 荒町 所作(二、三人)、大笠奴踊(2行30人余)、立髪かつら踊、二人せりふ
1679年 延宝7年 元田町 赤坂町で黒染子持筋30人分製作 所作(二、三人)、奴踊(2行30人余)
1677年 延宝5年 鍛冶町 立髪鬘30人分製作 奴踊(2行30人余)、立笠おどり
1675年 延宝3年 中町 五町とも蹈板(舞台)を制作 所作(二、三人)、奴踊(大勢) 装束浴衣染帷子
1673年 延宝元年 赤坂町 五町相談のうえ屋台を制作 所作(二、三人)、奴踊(二十人余)
1671年 寛文11年 荒町 赤坂町で祇園差(祭礼準備貯金)を始める(一軒鐚一文宛)
1669年 寛文9年 元田町 地踊所作 出し獅子、花籠、母衣武者、大名手振奴
1667年 寛文7年 鍛冶町 この年より祭礼が隔年となる 躍興行(地躍り) 浴衣染帷子(常陸大宮)
1666年 寛文6年   中町十文字に土盛り、石垣構築、社殿造営

*1 大森茂宏著「先祖が残した烏山のお天王さん」より

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