昭和8年の「祭典の思ひ出」第3話

過去のブログで紹介させていただいた通り、現在では当番町さんの山あげ祭りの山の制作は八雲神社の追儺祭が終わると始まる。
しかし、「祭典の思ひ出」を読み進めると、昭和8年の準備は、7月2日より一気に行われたようである。
仲町町内にある極楽寺において総勢45名の若衆さんの手によって開始され、
「早くも7月6日にはハリカ張りと胡粉塗と終了した。9日より真岡より来れる小川國吉氏は、
森仁、海老澤、萩野目、宮田等を助手として山の揮毫を開始し僅か3日間にして78枚の大部分を書き上げ
11日には全く準備の完成を見るに至った」
と記載されている。
現在と違って、家業を営む人々が多かったため、このように短期間で山あげ祭りの山の制作を完了することが、
可能であったということを証言が、「祭典の思ひ出」より得ることが出来る。

昭和8年 山あげ祭 仲町
写真はいせに森様所蔵の昭和3年山あげ祭りの集合写真

雀さえずる那須烏山

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